09. 森の中の遭遇
前話のあらすじ:
(前略)
「……それに、何より……水島先輩の姿、していましたから」
「水島美穂と知り合いだったのか?」
「はい」
ほんの一瞬、加藤さんは視線を落とした。
ひょっとすると、亡くなった水島美穂のことを思い出しているのかもしれない。
「ところで、リリィさんの胸が、わたしの記憶にある水島先輩より、かなり大きい気がするんですけど」
「あ。それはおれも思ってた」
* 下半身スライムになれることからわかるように、リリィはある程度擬態後の姿を変化させられます。
9
更に一週間ほどが経過した。
加藤さんを探索隊に預けると決まったので、これまで利用してきた洞窟で、いまでもおれたちは暮らしている。
夜は洞窟で過ごし、昼になると森の中を探索する。
そんな生活サイクルが確立していた。
何度かモンスターとも遭遇した。
どうにか今日まで生きてこられたのは、そのことごとくをリリィとローズが退けてきたからだ。
それ自体はまったく結構なことだ。
しかし、モンスターを倒し続けているということは、言い換えると、遭遇するたびに戦闘になっているということでもある。
つまり、探索に出ている本来の目的である『眷族の増員』はうまくいっていないということだ。
気長に探すしかないことはわかっているが、焦りは募る。
やはり一番の問題は、おれのモンスター・テイムの発動条件がイマイチよくわからないことだろう。
モンスターを見た時に、『これは駄目だ』というのは感覚的にわかる。
ローズの時はわからなかったじゃないかという話もあるが、あれはあくまで慌てていたせいだ。きちんと冷静でいさえすれば、相手をみて、眷族になってくれるかどうかは判断できる。
だが、その条件がわからない。
それさえわかれば、危険な戦闘を繰り返す必要はないのだが。
最近では、ひょっとしたらその条件というものは、おれ自身では判別がつかないところにあるのかもしれない、とさえ思えてきたくらいだった。
そんなことはないと思いたいのだが……
「ただいまー」
「帰ったか」
洞窟にリリィが戻って来たので、おれは木剣を振るっていた腕をとめた。
「あ、訓練してたんだ」
ととと、と軽やかに走り寄ってくるリリィに、おれは苦笑を返した。
「その言い方はやめてくれ」
「ん、どうして?」
「むずがゆくなる。こんなのただの暇つぶしだよ」
最近、おれは暇な時間に、日課として素振りをすることにしていた。
剣道は高校での選択授業で受けているので、素振りくらいならやり方は知っている。
きちんと出来ているかどうかはおいておいて、真似事くらいならやって出来なくはないのだ。
こんなことをして意味があるのかどうかは、正直なところ、わからない。
まあ、体を動かしておけば、いざという時にもっと動けるようにはなるかもしれない。
そうだったらいいな、くらいのことだが。
さほどおれは、こういった方面でおれ自身に期待していないのだ。
じゃあ、いったいお前に他に何が出来るのかと問われれば、黙りこむしかないのだが……
むしろ何も出来ないからこそ、暇な時間にたえかねて、体を鍛えることにしたというのが、正解なのかもしれなかった。
ちなみに、適当にそのへんに落ちている木切れを振っていても良かったのだが、どうせならカタチから入ろうかと、おれはローズに素振り用の木剣の作成を依頼した。
もう数日前のことだ。
おれたち人間と違って睡眠の必要がないため、ローズは夜の時間がまるまる使える。とはいえ、おれの指示に従って様々な物品を造り続けている彼女は忙しい。
だからおれは「片手間で適当に造ってくれれば構わない」「なんなら刃なんてついていなくてもいい」「最悪、握りがしっかりしていて、ある程度の長さと重さが確保されていればそれで十分だ」くらいのニュアンスで依頼をした覚えがある。
しかし、どうやら彼女はおれの武具を作るということで発奮してしまったらしい。
一日経って、依頼した品を渡されたおれは、目を見張る羽目になった。
――木製なのに、刀身部分が灰色っぽい光沢を放っている。
――握りは黒っぽく変質していて、掌に吸いつくような感触がする。
――振ってみれば見た目より軽く、それでいて、重心がうまくとれているためか頼りない感じはない。
――非常に丈夫で、切れ味も半端ではない。
――木製であることの残滓として表面には木目模様が残っているのだが、それさえも重厚なまでの実用性の表れとして目に映る。
……おかしい。
おれはちゃんと素振り用だと断っておいたはずなのだが。
明らかにオーバースペックだった。
ただの素人でしかないおれが、一目見ただけで、ローズの職人としての魂さえ感じとれたのだ。
いい仕事しすぎである。
リリィなんかは、水島美穂の知識を参照して、「『ダマスカス鋼』みたいだ」と言っていた。おれはそれが何なのか知らないが、とても有名な金属らしい。
おれが手にするにはもったいない名剣だった。
だったらこれをリリィに回せばいいのでは……という考えも思い浮かばないでもなかったが、期待いっぱいの態度でおれに剣を献上するローズを目の前にしては、おれには迂闊なことが言えなかった。
言えるはずがない。
現在、ローズは自分の手足のストックを作成中だが、それが終わったら全装備の換装を行う予定だ。
ローズが製作を重ねるごとに技術を伸ばしているのは確かなので、アップグレードは引き続き行っていく予定である。
おれの持つこの剣を越える業物は、流石にそうそう造り出せないだろうが。
「悪いな、リリィ。一人で行ってもらって」
「んーん」
おれが声をかけると、そこが自分の定位置だと言わんばかりにおれの片腕に抱きついてきたリリィは、まるで人懐っこい犬のように、亜麻色の頭を二の腕に押し付けてきた。
本日の探索を切り上げたあと、おれたちが拠点で休憩している間、彼女には食料調達がてらに山小屋の様子を見に行ってもらっていた。
勿論、これは探索隊が戻ってきていないか確認するためだ。
これはリリィにしか頼めない仕事だった。
何故なら、万が一にも探索隊に出くわしたなら、外見からではただのモンスターと区別が出来ないローズは彼らに討伐されてしまう危険性があるからだ。
その点、人間の姿になれるリリィなら、出会い頭に攻撃を受ける可能性は低い。
加えて、ファイア・ファングの肉を喰ったことで彼女は鋭い嗅覚を手に入れている。
本家本元の狼のそれには及ばないものの、それなりに彼女の索敵能力は高い。下手を打ちさえしなければ、相手に勘付かれることなく帰還することは可能だろうという判断だった。
問題があるとしたら、リリィが高屋に見つかった場合くらいのものだが、その場合でも、すぐに状況が露見する可能性は低い。少なくとも、おれたちと合流する程度の時間はあるはずだった。
以上の理由と、あとはローズに他に色々と仕事があることもあって、食料調達などのおれたち人間がいると邪魔な洞窟外での単独行動は、最近はもっぱらリリィに頼りきりになっていた。
「何か変わったことはあったか?」
腕にしがみついてきて満足げなリリィの前髪を指先で撫でつつ、此処数日というもの繰り返してきた質問をおれは今日も口にした。
実際に動いてもらっている彼女には悪いのだが、正直、成果についてはあまり期待してはいない。
仮に探索隊が戻ってくるにせよ、それはまだまだあとのことになると推測していたからだ。
加藤さんの話によると、第一次遠征隊の進路について高屋は知っていたらしい。
なので、ここでは探索隊に追いつくだけの算段は立っていたことを前提にする。
第一次遠征隊が出発して六日後に、コロニーでは反乱が起きた。
それから一日以内におれや加藤さんはコロニーを落ちのびた。
おれはこの洞窟につくまでに三日かかった。水島美穂や加藤さんに歩調を合わせていたので、チート能力者として桁違いの体力を持つ高屋も、数日かかけてあの山小屋に辿り着いている。
それからすぐに高屋は探索隊を追って山小屋を出たというが、どんなに急いだとしても、一週間以上前に出発した相手にそう簡単に追いつけるはずがない。
追っている間にも、どんどん相手が離れていっているのだから尚更だ。
更に追いついたにしても、そこから探索隊はUターンして、此処まで戻ってこなければならないのだ。
以上の理由から、あと一週間は戻ってこないものとおれは予想していた。
たかをくくっていたといってもいい。
「あの山小屋……というか、山小屋跡だけど。人影を見付けたよ」
それだけに、リリィから返って来た言葉は、おれの予想を裏切るものだった。
「遠征から戻ってきた探索隊の人間か?」
「わかんない。ご主人様の言いつけ通り、すぐに戻って来たから」
「そうか。いや、それでいい。……にしても、おかしいな。いくらなんでも、早過ぎる」
「ひょっとしたら、探索隊じゃないのかも。たった一人だったし」
リリィが他の可能性を提示した。
「一人だけだったのか?」
「うん。遠征隊に組み込まれていた探索隊の生徒なら、集団でいなくちゃおかしいでしょ。ご主人様だってコロニーからこの洞窟まで一人でやってきたわけだし、同じようにコロニーから落ちのびてきた生徒なんじゃないかなって思って」
「確かに、その可能性はあるな」
森の中には危険なモンスターたちがいるが、遭遇する頻度はさほど高くはない。せいぜい一日に一度遭うか遭わないかというくらいだろう。
索敵能力が非常に高いファイア・ファングだとアウトだが、そうでもなければ、遭遇したところで、こちらが先にモンスターを発見出来ていれば回避できることも多い。
完全に運頼りになるが、特別な力を持たない人間でも運が良ければ森をうろつくことは出来るということだ。
実は、こうした状況は異世界に転移して来てからの一ヶ月で、探索隊が作り出したものだったりする。
おれはコロニー残留組だったため、詳しいことは知らないが、かつてコロニーが存在した時、この周辺までが探索隊の行動半径にあったことは間違いないと考えていた。
何故なら、探索隊の一員である高屋が、あの山小屋の存在を知っていたからだ。
探索隊はコロニーの安全を確保するために、モンスターの排除を第一に動いていた。
そのため、その行動範囲内では大部分のモンスターが排除されているのだ。
今考えてみると、そうして狩られてしまったモンスターの中に、おれが従えられるものがいた可能性は高い。
惜しいことだ。今更言っても仕方のないことではあるが。
そうして考えてみると、リリィが探索隊に狩られることがなかったことは、おれにとって最大の幸運だったといえる。
彼女に出会ったことで、おれの命運はこうして繋がったのだから。
「山小屋にいたっていう生徒が何者なのか、一度確認しなきゃいけないな」
おれは決断を下した。
「そいつが遠征隊の一員だった探索隊の生徒や、あるいは、コロニーに残っていた探索隊の生き残りなら、加藤さんの身柄を預けるに足るかどうかを確かめる必要がある」
「……それはいいですけど」
気付けば近くにきていた加藤さんが口を挟んできた。
最近、彼女は少し元気になってきているように見える。
まだまだ暗いが、ぼそぼそとした聴き取りづらい喋り方ではなくなった。
食事の時間などには、たまにふっと笑顔らしきものを見せることもある。
「相手がチート能力者ではなかった場合は……どうするんですか?」
こうしておれたちの行動方針について、確認をとるようにもなった。
これは、いい傾向だろう。
おれが加藤さんに向ける警戒心が一段階レベルをあげてしまったという事情とは、まったく別の次元で。
「そうだな……」
おれは加藤さんの問いかけを検討する。
「その場合でも方針は変わらない。観察あるいは直接の接触によって情報を集める」
「……どうしてですか?」
「相手がチート能力者ではないのなら、おれたちがあえて様子を見たり、接触を試