あの大会から、どうにも調子が悪い。上手く振舞えなかった自分にも嫌気が差したし、何よりあの人の恐怖に当てられてしまったようで思考もはっきりとしない。仕事中もふとした瞬間に呆けていることがあるようで、らしくない自分の様子に同僚たちも心配そうな目を向けている。大会が終わってもいつまでも絡みつくあの恐怖や鈍痛を紛らわすために、気分は乗らないが散歩に行くことにした。買い物をかねて人通りの多い所へ行くので、気ままな散歩とは言えないかもしれない。ゆっきーを誘うこともふと思い浮かんだけれど、やっぱり2人で楽しく買い物をするような気分にはどうしてもなれなかったので止めた。だから一人だ。
がやがやとした人ごみは、あの時の記憶が蘇るのを遮ってくれるので居心地が良い。最近は一人でいるとき、あの時のことが嫌でも思い浮かんでくる。特に夜横になって眠る時、動きを封じられて銃口を押し当てられた時のことがふと頭をよぎるのだ。そうなると容易には眠れず、震える体を擦って宥めて夜を明かす羽目になる。
「―――久しぶり、正宗」
「っ!?」
だからその声が聞こえた時、体が一瞬にして強張って頭が真っ白になったのは仕方がなかったと思う。
振り返りたくないという思いが体の中を暴れまわるが、振り返らずにはいられない。振り返らなければ、命令を聞かなければ、そうしたときのお仕置きがもう怖くて怖くて仕方がないのだ。
「緑……さん…」
震える体を叱咤して恐る恐る振り返れば、そこにはやはり今一番会いたくない人がいた。あの時と同じように、一見すれば無害そうな優しい笑顔を浮かべて、俺を見つめている。さっきまでありがたかった喧噪が急に聞こえなくなり、自分の不規則な呼吸のみが耳障りに響いた。
「あれからどう?俺も少しやりすぎたかと思って心配してたんだよね」
「ひっ」
身動きできない所をぐい、と距離を詰められて、思わず悲鳴が漏れる。震える体を擦って宥めることもできないままどうにかして目線だけは必死に緑さんから逸らしていると、緑さんの綺麗な指が、俺の腰骨をつぅとなぞった。
「っ!」
そこは他でもない、先日銃口を押し当てられた所だった。一瞬にしてあの時の激痛の記憶が蘇り、鈍痛がじわりとそこから広がってくる。身動きが取れない状況と腰骨に触れられている感触が否応なしにあの時と重なり、鈍痛と恐怖が神経を嬲るように、じりじりと焼いていく。それは嬲り殺しにも近い苦しみだった。
「つぶれてしまったら楽しみが無くなってしまうものね。あぁでも、怯えるしかない正宗もそれはそれで可愛いなぁ」
「ふっ、うぅ……」
ぐりぐりと「傷口」を嬲られて、もう痛くも何ともないはずのそこが悲鳴を上げる。緑さんから逃れようと必死に視線を逸らした先で、見ず知らずの他人がさっさと通り過ぎてしまうのが何とも虚しかった。傍から見れば、友人が笑顔で話しかけているようにしか見えないのだろうか。こんなにも怖くて恐ろしくて痛いのに、どうして誰も助けてくれないんだといっそ泣きわめいてしまいたくなる。
「――正宗」
先ほどまでのトーンとは一変した、ぞっとするような声が俺の耳を撫でた。
「この間言ったよね……ちゃんと俺の目を見なさいって」
「っ…」
見たくない。でも見なければならない。見なければまたお仕置きだ。見なければまた痛い目に合う。緑さんに対する恐怖が体にすっかり刷り込まれてしまっていて、俺はまたあの時と同じようにぎゅっと目を閉じて意思を固めると、恐る恐る緑さんを窺った。
「…ぁ…」
「良かった、ちょうど暇を持て余してたところなんだ」
そこには、あの絶望的な笑みを浮かべた緑さんがいた。
人間誰しも、極度の緊張状態に達すると思考能力が低下してしまうらしい。気が付くと、俺は緑さんの自宅のリビングにいた。ここまで来る工程はさっぱり思い出せなかったし、何より俺は緑さんに拘束されてここまで連れてこられたわけではなかった。緑さんに着いてこいと言われるがまま、逃げるなんて選択肢も思い浮かばずに後ろをひたすら追いかけていったのだ。結局、逃げるタイミングなどいくらでもあったのに、緑さんのテリトリーにまで連れ込まれてしまった。
「服を脱いでよ正宗。久しぶりに楽しいことをしようよ」
緑さんは心底楽しそうな笑みを浮かべて、何の気なしにそんなことを言う。ソファに不敵に腰かけて所在なさげな俺に言い放つその姿には、そうしているだけで心を押しつぶされるような重圧を感じずにはいられない。
「で、でも……緑さん、もう、そういうの…俺とは…」
「脱げって言ったのが聞こえなかったの」
「ご…めんなさい……」
背筋が凍るような声でそう言われてしまっては、もう成すすべなどない。これ以上緑さんの機嫌を損ねないよう、震える手をベルトにかけた。
緑さんと俺は、行動を共にしていた時は体の関係があった。その時俺はすっかり緑さんに心酔していたし、緑さんも行為の最中に剥き出しの本性をぶつけるような真似はしなかった。しかし、そんな当時においても時折、緑さんの残虐性がちらりと見えることがあったのだ。
「ひっ…」
今緑さんは、そんな本性剥き出しのどす黒い笑みを浮かべて、俺が服を脱ぐ様子を嬲るように見ている。俺も、既に緑さんの本性を知ってしまっているのだ。もはや緑さんが、俺に隠し立てする理由はない。ヒットコールを塞ぎ、激痛を以て何度も嬲り殺すようなあの残虐さに似た何かを、俺はこれからぶつけられるのだ。
「そうそう、良くできたね」
身に着けているものを全て脱いでしまうと、外気が肌に万遍なく触れる感覚にくらりと眩暈すら感じる。まして、それを他人に余すところなく見られているのだ。常軌を逸したこの状況に、それでもまだ羞恥を感じる理性は残っていた。
「じゃあ、四つん這いになってくれる?」
不意に立ち上がった緑さんにびくりと震えあがり、条件反射的に腰から力が抜けてしまったので俺はへなへなと床に座り込んでしまった。何かを紙袋の中から漁る緑さんを背に、俺はのろのろと膝を立てて這いつくばり、次の指示を待つ。我ながら、完全に緑さんの奴隷だなとぼんやり思った。
「これこれ。雪村くんからくすねてきちゃったんだ」
ひやりと冷たい棒状のものが顎に触れ、そのままぐい、と上を向かされる。
「こ、れ…」
「ゲームの特典、とか言ってたかなぁ。マニアックだよね彼も」
緑さんが持っていたのは、SMプレイに使うような鞭だった。黒光りする鞭と、それを手に爛々と目を輝かせる緑さんの絵に、恐怖と絶望以外の何も浮かんでこない。
「――こうすればいいんだっけ?」
バシィッ!と派手な音を立てて鞭が俺の尻を叩いた。
「あぁぁっ!!」
プレイの範疇を超えた、容赦ない一撃だった。快楽を引き出す意図などなく、純粋に痛みを与えるための鋭い刺激。
「うっ…うぅぅ…」
「うわー、すごいねこれ」
緑さんがさも面白そうに鞭が下った部分を指でなぞれば、堪らず体がびくんと跳ねた。きっと今、蹂躙されたそこは真っ赤になっているに違いない。打たれた直後は叫ぶほど痛いのだが、しかし時間が経つとその痛みがじんわりとした熱に代わり、そこへの刺激が奇妙な感覚を伴い始める。
「正宗、鞭で打たれて気持ちいいの」
「っ、ちが、いま、うあぁぁっ!!」
生理的な現象を医者である緑さんが知らないはずはないのに、わざとらしくそんなことを聞いてまた鋭い一撃を放つ。
「痛いぃ…おねが…緑さん……」
「もう一回欲しい?」
「いやっ、いや、いやぁあああっ!…あぅぅっ」
今度は鞭の先が大腿も弾いて、耐え難い痛みが神経を焼く。
「お尻より内腿の方が痛そうだね」
「いぎぃっ!あっ、あぁぁ……痛い、いたい…」
そこからは鞭の雨だ。尻、大腿、背中、腹、腕。余すところなく鋭い痛みに支配される。
「ゆるして、いたい…ごめんなさい……緑さ…ああああっ、あっ、あっ」
「正宗、体真っ赤になっちゃったね。痛いの気持ちいいねえ」
鞭で打たれたあとのじんわりと広がる熱を、体は快感として感じてしまっていた。ペニスはやんわりと勃ち上がり、先からじわりと先走りを漏らしている。
「ふぅ、うぅ…」
「やっぱり、ここまでやっても泣かなくなっちゃんだね、正宗」
無造作に顎を掴まれ、虚ろになりつつある目を強制的に緑さんに向けられた。そこで放たれたあの時と似た言葉に、今度は体だけでなく頭までおかしくなってくる。
「ヒ…ト…です、おねがい…もう」
「ん?」
どうにかしてこの苦しみから逃れたい。その一心で、俺は緑さんに懇願する。今度は口は自由だ。思う存分宣言できる。
「ヒット…ヒットです…ヒット、たすけて…助けてください…」
「くっ、ふふふ」
緑さんが笑っている。さも面白そうに。どうしてだろう、自分が勝ったからかな。
「ヒット!そうだ、ヒットだねこれは、ふふふっ…じゃあ鞭はもう終わりにしないとね」
緑さんはそう言って、恐怖の権化である鞭をぽいっと投げ捨てた。もうこれで痛くない。そう思うと、体を支える力ががくりと抜けて、俺はフローリングに崩れ落ちた。
「ふぅ…んぅ…」
「可愛そうに正宗、こんなにしちゃって」
「あっ、やぁっ」
ゆるく勃ち上がったペニスを、緑さんの綺麗な足がぐりぐりと嬲る。その刺激で完全に勃起してしまった。
「踏まれて勃起したの?気持ち悪いねぇ」
「ひぃぃ…ぁっ、緑さん…みどり、さ」
「わかってるよ、そんな物欲しそうな顔しなくても」
緑さんが膝をついて、ポケットから出した物を俺の目の前にちらつかせた。
「久しぶりだから、まずはこれね」
緑さんが取り出したのは、卵型の小さなローターだった。スイッチが入れられ、小さな音を立てて振動を始めたそれが、俺の顔にぐりぐりと押し当てられる。
「あっ…」
「これが今から正宗の中に入るよ?わかった?」
「わかり、ました…」
痛みから解放されたことの安堵で、快感がもたらされるという事実にもはや何の抵抗も抱かなかった。ローションを纏ったローターのぬるりとした感触をアナルに感じ、熱い溜息が漏れる。
無機質なそれを、俺のアナルは大した抵抗もなくつぷりと飲み込んだ。
「んくぅ…ぁぁ…」
微弱な振動を体は貪欲に感じ取り、じんわりとした快感が下半身に広がる。
「腰振っちゃって…犬みたいだね、正宗」
緑さんが戯れに俺の唇を指でなぞるので、その綺麗な指をぴちゃぴちゃと舐めた。
「ん…ん、ふ…」
いつの間にか四つん這いになり、自ら腰を振って緑さんの指をしゃぶる姿はまさしく犬だった。
「緑さん…もっと…もっと気持ちいいの……」
「正宗はもっと気持ちよくなりたいの?」
指をしゃぶる動きは止めないまま、緑さんの目を見つめてこくこくと頷いた。何度もアナルを締めて快感を得ようとしたけど、ローター自体の刺激が弱すぎてあまり意味がない。
そんな俺に緑さんは、軽いキスを1つ落とした。
「わかったよ正宗」
穏やかな声と表情、そしてその返事に俺は歓喜した。地獄のような痛みから解放され、やっと絶頂が見られるのだ。緑さんが背後に回り、かちゃかちゃとベルトに手をかける音を聞いて、すっかりぬかるんだアナルがきゅうと収縮する。
「じゃあ抜くね」
「んっ!」
ぬぷ、と音を立ててローターがアナルを広げる。振動を続けるローターは引きずりだされる最中も快感を与え続け、ぬぷりと体外に出たときにはそれだけですっかり息が上がってしまっていた。
「正宗。力を抜いてるんだよ」
「はぁ…はぃ、ぃ」
狂おしいほどの快楽がすぐそこにある。熱いペニスが体を貫いて、理性を吹き飛ばすような快感がもうすぐ支配してくれる。
「いれるよ?」
「ぁ…ぁ…あぁぁぁっ!?」
ずぷぷ、と体内に侵入してきたそれには熱を感じなかった。訳が分からず緑さんを振り返るろ、緑さんはなぜか上も下もきちんと服を着ていた。
「え?あ……」
「ん?なに、どうしたの正宗。不思議そうな顔して」
そう言って、ペニスを模した形のバイブを俺のアナルに突き立てる。
「うああっ!な、ぁんで…みどりさっ…うっ!」
混乱する俺の脇腹を蹴り飛ばし、崩れ落ちた体をひっくり返して正常位にすると、緑さんは容赦なくバイブの残りの部分を押し込んできた。
「んぁぁぁぁっ」
「あれ、もしかして俺がいれると思ってたの?馬鹿だなぁ正宗」
ぐい、とあの恐ろしい笑みが間近に迫