「なにかご用かしら、水崎君」
頭の中で同志当て馬を怒らせる心当たりを探す。やっぱりピヴォワーヌ絡みかな。
私と一緒に廊下に出た同志当て馬は、手芸部の展示室のほうをきつい目で見ると私を隠すように体をずらし、私に「大丈夫か」と聞いてきた。大丈夫か?なにが?
「なんのことでしょう?」
「…あいつらにたかられているんじゃないか?」
「は?」
たかられている?私が梅若君達にってこと?
「あの、どこからそんな発想が…」
「ピヴォワーヌの刻印の入ったクーポン券を彼らが使っているのを目撃したんだ。それで一応気に留めていたんだが、今見回りでここを通ったら、君が彼らにしつこくなにかをねだられているのを見て、もしかしたらと止めに入ったんだ」
「あー…」
なるほど。入場チケットだけではなく、クーポン券の赤い牡丹の刻印が目立っちゃったか。茶髪やピアスをした男子高校生達が、ピヴォワーヌの関係者とはとても見えなかったと。
「吉祥院、もし彼らにたかられていて自分から断れないのなら、俺が言うから」
「あの、水崎君。誤解をなさっているようですけど、あの人達は全員私の友人ですわ」
「友人?彼らが、吉祥院の?」
同志当て馬は思いっ切り不審そうな顔をした。
うん、友人。確かに私も去年の夏期講習で初めて出会った頃は、チャラくてうるさくて鬱陶しいと思ってた。でもそっけない態度を取り続けても笑顔で話しかけて仲間に入れようとしてくれた梅若君達を、今では本当にいい友達だと思っているんだ。
「吉祥院、君騙されているんじゃないか?瑞鸞の生徒は温室育ちだからカモにされやすい。自覚がないのかも…」
「ちょっと、水崎君」
同志当て馬の中では梅若君達は完全にろくでもない連中になっちゃってる。でも、よく見るんだ。チャラいシルバーのピアスは実は肉球マークだぞ。それに梅若君達って別にガラは悪くはないよねぇ?わりと品はあると思うんだけど。一度思い込んじゃうとそうとしか見えないのかな。
「心配していただいたようですけど、本当にたかられているような事実などありません。通っている塾が一緒で仲良くしているのですけど、それでも今まで私が彼らにおごったりしたこともありませんし、対等な関係です。それどころか、私の手芸部の出品物のために暑い夏休みにわざわざ集まってくれるような人達なんです。水崎君にはどう映っているかわかりませんけど、彼らは私よりもよっぽど成績も良くて真面目なんです」
そうだ。梅若君達は私が瑞鸞のお嬢様だって知っているけど、おごって欲しいなんて言われたこともない。梅若君に関してはむしろ、私がベアトリーチェ用のバッグをプレゼントしたら、お礼にと後日お昼に人気のコンビニスイーツをおごってくれたくらいだ。
「ちなみにさっき欲しいとねだられていたのは、私が作った犬のぬいぐるみです。あれは彼の愛犬をモデルにして作ったもので、あまりにそっくりなので欲しいと言われていたのを、水崎君が誤解してしまったのですわね」
「ぬいぐるみ…?」
「そうです。今日もモデルにしたぬいぐるみを見たいというので学園祭に招待したのですわ。クーポンはご存じの通りピヴォワーヌのメンバーはひとりでは使い切れない程の量をもらっていますからね。せっかくですから渡しただけです」
私が展示室に近づき中を覗くと、北澤君達に止められながらもベアたんに顔を埋める梅若君の姿があった。う~ん、あれは絶対にあげるって言うまで動かないな。
私の後ろから梅若君達の様子を窺った同志当て馬は、その光景にやっと納得してくれたようだ。
あ、同志当て馬、犬バカ君に驚いてる?でもあんなのまだ甘いよ。ベアたんなりきりメールを見せてあげようか?でもあれを見せたら別の意味で危機感を覚えて、友達付き合いを止められるかも。
「これで誤解は解いてもらえたでしょうか」
「…悪かったな、勘違いして吉祥院の友達を疑うようなことをして。ただ俺は生徒会長として瑞鸞生を守る義務があるんだ」
「そうですね、心配していただいてありがとうございます。でも少し意外でしたわ。生徒会長がピヴォワーヌのメンバーである私の心配をするなんて」
「ピヴォワーヌとかは関係ない。瑞鸞の生徒が困っていたら生徒会は助ける」
「…それはたとえば相手がピヴォワーヌの会長でも?」
「当然だ」
同志当て馬は迷いのない目で頷いた。
ふ~ん。あれだけ会長に暴言を吐かれて、学院側からは厳重注意まで受けて相当理不尽な思いをしたはずなのにね。私が同志当て馬の立場だったら絶対に助けないけどな。
そう考えると、やっぱり同志当て馬は生徒会長の器なんだなぁ。ちょっと見直した。
「では私は誤解も解けたところで、受付当番に戻りますわね」
「わかった。もし彼らに俺の態度が不愉快な思いをさせていたら謝っておいてくれ」
「わかりました」
「それと、吉祥院。この前は見逃したけど、あの扇子を学校に持ってくるのは禁止な。あれは立派な凶器だ」
ええ~っ!ただのロココの小道具だよぉ。
私が展示室に戻ると、森山さん達が「さっきの人もかっこ良かった!誰?知り合い?瑞鸞ってイケメン率高くない?」と言ってきた。森山さん、梅若君は…?
その梅若君はぬいぐるみを抱っこしたまま私に向かって「絶対に幸せにします!」とさきほどと同じように養子縁組を迫ってきたので、私は根負けして「学園祭が終わったらね」と返事をした。
梅若君は大喜びでしばしのお別れのキスをぬいぐるみにして、やっと離れた。これから科学部のプラネタリウムを見に行くんだって。森山さんは完全に梅若君を諦めたようだ。これはしかたがないね…。愛犬に似たぬいぐるみにまで愛を捧げる男の子を受け止められる女子高生はなかなかいない。
梅若君達が出て行ったあと、静かになった展示室で南君が「なんだか凄い人達でしたね…」と呟いた。ごめんね。
手芸部の受付当番の交代の時間がきたので、芹香ちゃん達と合流して学園祭を回った。
「麗華様、今日も鏑木様が円城様のクラスのカフェに行って、高道さんのクッキーを食べたそうですわ…」
「まぁ、そうですか」
あの鏑木が…。そうなるともう、これは確定的かなぁ。学園祭が終わったあとに面倒なことが起きそう…。
でも今はとりあえず学園祭を楽しもう。確か梅若君達がサッカー部のピアディーニが大人気でおいしかったって言ってたな。行ってみるか。芹香ちゃん達を誘い屋外のサッカー部の模擬店に行くと、私を見つけたサッカー部部長が、「お金はいりませんから!」と商品を私に押し付けてきた。それは野球部やバスケ部の模擬店でも同じことが起きた。
え、これって私のほうがみかじめ料を脅し取りに来たたかり屋みたいじゃない?
やっぱり同志当て馬の言う通り、扇子は封印しよう……。
クラスに戻ってまた着替えて“徐福”で接客。さぁ!残り時間、ガンガンさばくわよぉ!あれ?梅若君達は“徐福”の売り上げには貢献してくれないの?ちっ、なんて友達甲斐のない人達だ。
「きゃあっ!鏑木様と円城様ですわ!」
鏑木達が店内に入ってくると、女子達が色めきたった。なにしに来た。あ、お茶を飲みにきたのか。
一気に店内が騒がしくなったけど、このふたりがいると女子のお客さんがドッと増えるので、まぁありがたいのか?
ふたりだけかと思ったら、円城の後ろから雪野君がちょこんと顔を出したので、私のテンションが急上昇した。
「こんにちは、吉祥院さん。雪野が来たいって言うから連れてきたんだ。今日は可愛い姑娘姿だね?」
「こんにちは、麗華お姉さん!」
「こんにちは~、雪野君。来てくれてとっても嬉しいわ!いらっしゃいませ、鏑木様、円城様。円城様はご自分のクラスのカフェを放っておいてよろしいんですか?」
「僕のクラスは朝から満員御礼で全部売り切れちゃったんだ。だからもうおしまい」
「まぁ、それは…」
ちっ、円城効果か。うちはまだまだ余っているぞ。売れ残ったら最後にみんなで山分けするんだ。
「なんだ、吉祥院。背中に龍はないのか。コンプリートの道は険しいな」
「そのような珍妙な野望は抱いておりませんので…」
ちょっと!雪野君の前で変なことを言わないでよ!肩をふるわせて笑うな円城!やっぱり昨日のうさぎは嫌がらせだったか。
鏑木は鉄観音、円城は菊花茶、雪野君は工芸茶を注文した。選ぶお茶にも性格が出るな。嫌がらせとはいえ、昨日整理券がないと作ってもらえないラテアートのカプチーノをサービスしてもらったので、私もお茶に月餅を付けた。しかし鏑木は「甘いものは今日はもういい…」と手を付けなかった。鏑木、若葉ちゃんの手作りクッキーを食べすぎたのか?でもそんな鏑木だけど、私が出した月餅を放置せず、制服のポケットに入れた。ちゃんと持って帰るようだ。鏑木は意外と律儀らしい。
雪野君がニコニコとお湯の中で開く花を見ているので、私もつい笑顔になっちゃう。雪野君、杏仁豆腐も食べる?
主に私と雪野君がおしゃべりをして時が過ぎ、お茶を飲み終わった3人が帰る頃になったので私は廊下までお見送りをした。
「今日は来られて楽しかったです。麗華お姉さん」
「私も雪野君に会えて嬉しかったわ」
えへへ~とふたりして笑う。腹黒円城のそばでどうしてこんな天使な弟が育つのでしょう。
鏑木はこれからクラスの打ち上げがあるとかで、お化け屋敷に戻った。鏑木は意外と付き合いがいいらしい。
見送りにきたはずが、ついつい雪野君と話し込んでしまう。だって可愛いんだもん。円城は笑顔で私達の会話を聞いていた。
そこへ女の子の声が聞こえた。
「シュウ」
シュウ?
反射的に振り向くと、アホウドリ桂木と、セミロングの黒髪の儚げな女の子が立っていた。え、誰?
「唯衣子ゆいこ」
シュウと呼ばれた円城が、少し驚いた顔をした。円城の知り合い?
円城は優しげに女の子に微笑むと、ふたりに近づいていった。隣に立っていた雪野君が私の手をきゅっと握ってきた。ん?どうしたの、雪野君。
「なんで唯衣子がここに?」
「シュウが学園祭でラテアートをしているって聞いて、ハルに連れてきてもらったの。でも少し遅かったかしら?」
女の子はおっとりと首をかしげる。色が真っ白で濡れた瞳が揺れる、印象的な女の子。
さっきまで廊下で騒いでいた人達も静かになり、唯衣子さんに注目する。いつもぎゃあぎゃあとうるさい桂木少年まで別人のようにおとなしい。
「うちのクラスはかなり前に店じまいしたんだ。でもラテアートなら別にわざわざ学園祭に来なくても、家で唯衣子の好きなものをいくらでも描いてあげるよ」
「そう?だったら今度作ってもらおうかな」
「了解」
円城と唯衣子さんはかなり親密そうな空気を出している。これはいったい…。
「雪野、そろそろ帰ろうか。唯衣子はどうする?」
「そうね…。私もこのままシュウと一緒に帰るわ。シュウがいなかったらつまらないもの」
名前を呼ばれた雪野君は私の手を離し、心なしか固い表情で兄の元に行った。
「じゃあ、吉祥院さん、今日はありがとう」
「ごきげんよう、円城様。さよなら、雪野君」
「さよなら、麗華お姉さん」
唯衣子さんは私をふっと見て微笑むと、円城の腕に当たり前のように自分の腕を絡ませて、廊下を後にした。
それをボーッと見ていた私のそばに、いつもとは別人のようにおとなしい桂木少年が駆け寄ってくると、私の耳元で「唯衣子さんは円城さんの恋人だから」と言い、そのまま3人のあとを追った。
4人の姿が見えなくなると、その場にいた全員が爆発したように騒ぎ出した。
「あの人はいったい誰!」
「まさか円城様の彼女?!」
「そんな話、聞いたことないわ!