食材ではないのでドロップ率を上げられないのが残念だが、別に今すぐ必要というわけでもない。
アイテムボックスに放り込んでおけばいい。
勇者がアイテムボックスを使えるため、アイテムボックス容量には余裕がある。
そう、余裕。
余裕は重要だ。
ギルドからいろいろ素材を買ってきてセリーを鍛え、すぐに竜革の防具を作ってもらう手もあるが、そこまですることもないと考えている。
現状まだ魔物の攻撃が痛すぎるということはない。
今のペースで階層を上がっていった場合、いずれどこかで壁に当たるだろう。
そのときに強化できるポイントがあるというのは大きい。
まだまだ強化が可能だという事実は、そのまま余裕になり、心を落ち着かせる。
戦いが厳しくなったとき、まったく強化の余地がない場合と比べ、すぐにでも強化できるという余裕があれば、冷静に厳しいと判断を下せるだろう。
厳しくなったこと認めずに無理をすれば、迷宮では命が危険に晒される。
そんなことにならないためにも余裕を持っておくことは大切なのだ。
心に余裕を持ってパンと食材を買い家に帰ると、朝食はセリーが竜肉を使ったスープを作った。
スープといっても沸騰するまで単に煮ただけだ。
根菜類っぽいものは入れていないので、ひと煮立ちさせれば十分なんだろう。
「ただ煮るだけでいいので手軽で簡単に作れる料理です」
などとセリーは言っているが、こういうのは案外塩加減が難しかったりするのだ。
簡単だと思っていると痛い目を見る。
間違いない。
「まあ確かに見ている分には簡単そうだが」
「竜肉の濃い味が出るので調味料に気を配らなくても失敗することはありません。竜肉はとてもありがたい食材なのです」
ありゃ。
塩加減もいい加減でいいのか。
それは確かにありがたい。
「へえ。だとすると忙しい朝にはいいだろうな」
「そうですね。竜皮もありますし、ご主人様が懸念なされるように、スープを作るために長時間煮込んだりするような必要はなさそうです」
ロクサーヌが釘を刺してきた。
基本的に、出汁は肉や野菜を長時間煮込んでとらなければならない。
美味しいものを食べようと思えば、専用の調理人が鍋の前に長時間いなければならないのがこの世界だ。
パーティーメンバー枠は埋まったので、次に奴隷を増やそうとすれば料理などの家事をさせるのが適当になる。
それをなんとなく匂わせてきたのだが。
しっかりガードされてしまった。
パーティーメンバーをそろえるという大義名分がない以上、ハーレムを拡充するのは難しいか。
いや。俺は別にロクサーヌだけだっていいのだ。
ロクサーヌは美人だし従順だし優しいし。
しかもイヌミミ。
何の不満があろうか。
もちろんセリーはちっちゃくて可愛らしいが。
ミリアのネコミミも捨てがたい。
ベスタには存在感がある。特に胸の辺りに。
エルフで美人のルティナだって手放すつもりはない。
まああれだ。
どうしてもなんとかしたい女性が現われたら、そのときに考えればいい。
素敵な女性が出てきたら、出てきてから考えればいい。
泥棒を捕まえてから縄はなうものだ。
まだそういう人もいないのに、拡充ばかり考えてもしょうがない。
取らぬ狸のなんとやらだ。
現れたら現れたでなんとかなるだろう。
そのときにはあらゆる手練手管を使ってロクサーヌたちを陥落させる所存である。
「まあうまいからいいか」
実際、竜肉のスープは美味しかった。
なんとかなるに違いない。
「はい。とても美味しいです。これなら十分ですね」
一言多かったような気は、しないでもないが。
朝食の後は、商人ギルドに赴き、ルークからハチのモンスターカードを購入する。
ハチのモンスターカードは、今強いて必要なものでもないが、あればあったで強化はできる。
武器はともかく、防具につければ、同じ魔物から攻撃を受けた場合のダメージが徐々に減っていく。
使い勝手はあまりよくないが、強化ではあるだろう。
「ハルツ公爵家の方より、一度顔を見せるようにとの公爵様からの伝言をお預かりしております」
げ。
ハチのモンスターカードは本物だったが、ルークからは嫌な発言ももらってしまった。
どうせろくな用ではあるまい。
早々に商人ギルドから撤収する。
その足でボーデに行く手もあったが、それもやめておいた。
明日にすればいい。
電話などで直接伝えられたわけではないから、既読スルーしても問題はないのだ。
余裕が必要である。
余裕。というか先延ばし。
またの名を焦らしプレイ。
なんと甘美で悦楽的なものか。
今日のうちに公爵がポックリ逝くかもしれない。
公爵も迷宮に入っているのだから常にその可能性はある。
明日できることは今日するな。
素晴らしい格言であるといえよう。
「ハチのモンスターカードは手に入ったが、防具につけるのは後でいいよな?」
「そうですね」
家に帰ってセリーに確認し、こっちも後回しにする。
セリーも賛成してくれた。
時期を遅らせればそれだけいい防具を入手している可能性がある。
喫緊でなければ取っておいた方が将来の選択肢も増える。
もちろん選択肢は多ければ多いほどいい。
先送りが正解だ。
そういえば、ハチのモンスターカードをどうするか考えていて、ハチのモンスターカードに何故人気がないのかも分かった。
同じ相手に対してのみ有効というのは確かに微妙だ。
それでも、つけられるのならつけた方がいい。
などと考えてしまうのは、俺の発想だ。
この世界では、装備品にスキルをたくさんつけることは難しい。
一つの装備品に一つのスキルなら、ほかにつけたいスキルがいくらでもある。
ハチのモンスターカードはやはり微妙だろう。
なるほど。そういうことだったのか。
ひとつすっきりしたところで翌日は公爵のところへ行く、前に三十四階層ボスと戦う。
一日一階層ずつというのは、何か間違っている気がするが、できているのだからしょうがない。
やめるにはロクサーヌに対する言い訳が必要だ。
多分、他の人は迷宮でもっと苦労しているのだろう。
上に行けるということは、今まで楽なところでのうのうと戦ってきた、ということではあるのだから。
「次の分岐を左ですね。右に進むと近くに魔物がいるようですが、今はいいでしょう」
三十四階層はロクサーヌが嬉々として先導した。
「そうだな」
「次の角はまっすぐです。あ。ただ、左に行くとロックバードがいますね。においが濃いので多分複数です。行きがけの駄賃にしましょうか」
「そうだな」
「三十四階層のボスも楽しみなので早く行きたいですが」
「そ、そうだな」
羽毛を集めているからとはいえ魔物は駄賃とされ、ボスが楽しみときたもんだ。
こういうときどんな顔をすればいいか分からない。
笑うしかないな。
「クーラタルの迷宮でなければ、三十四階層より上の階層のボスならボス部屋に行く前に戦ったりするものらしいですが」
セリーが笑わずに教えてくれる。
「そうなのか?」
「小部屋にある、ボスが擬態している宝箱です」
「あれかあ」