報告と不安
それから程なくして、私は帰らせて貰った。今まであまり交流のなかった方々とお話ができたし、成果は上々かしら。その日の夜、私はぐっすりと眠った。…これで王都ですべき事は終了。後は、父に挨拶をして帰るだけ。
「………アイリス様」
翌朝、書類の整理をしていたらターニャに声をかけられた。
「どうしたの?ターニャ」
「2つ、お耳に入れたい事がございます」
「何かしら?」
「1つ目、ユーリ男爵令嬢についてです」
その名前に、私は手を止めて彼女を見る。
「あれから、彼女について調べました。まだ調査は続行しておりますが、優先順位の高い事だと思いましたので、分かった事だけでも先にご報告させていただきます」
「ええ。それで、何が分かったのかしら?」
「まず、彼女の生い立ちについて。彼女の母親は元からノイヤー男爵家に仕えていたのだとばかり思っていましたが、違いました」
「あら、てっきり仕えていた主人との間に関係ができたのだと私も思っていたわ。それで、元々何処にいたのかしら?」
「王城です」
「……王城……。そこで、その方は何を?」
「王城で侍女として働いていたそうです。ノイヤー男爵とどのように知り合ったのかまでは分かりませんでしたが、彼女は退職と同時に男爵家に入っています」
「出会いは王城、ということかしら…。男爵が王城に上がることは、それなりにあるしね」
出逢う可能性はある。でも、そんな関係を持つまでになるのかしら?とはいえ、現実に結ばれているのだから何とも言えないけれども。
「かつての彼女を知る者達に聞いて回りましたが、どうやら同僚の中でも見目が整っているという事で中々有名だったそうです」
流石、ヒロインの母親というところね。ユーリ令嬢はヒロインなだけあって本当に可愛らしいし。
「別れた後ですが、これは調査が難航しています。母親が生きていた頃の話は結構上がっているのですが、彼女1人になった後は中々足取りが掴めず……」
「女1人で…それも見た目的に言ってあんなに目立つような子の足取りが掴めない…ね…それで、何か気になることは?」
「母親が生きている頃に、その近所の者が“女1人で子供を育てるのは大変だろう。身を寄せるところはないのか”と聞いたそうなんですが、それに対して母親は“ない”と答えたそうです。ですが、母親が亡くなった後に親族を名乗る者が現れたらしく…」
「それは、ノイヤー男爵の事かしら?」
「定かではありません」
「……その親族の者の特徴は?」
「これと言って、特徴がなかった為に覚えていないとの事でした。男だったというのだけは聞いているのですが……」
「そう……」
身を寄せるところがなかったのに、親族を名乗る者が現れた……?それも、母親が亡くなってすぐに?考えられるのは2つ。
1つは、母親が何らかの理由で家と縁を切っていた場合。母親はその理由のせいで実家に頼ることができなかったが、亡くなってユーリだけを保護したという可能性がある。…もしこの考えが正解だった場合、それなら彼女の母親の実家が何処なのかが気になるところ。
そしてもう1つは、単純にお忍びでノイヤー男爵自身が迎えに行っていたか、もしくはその使いが来ていた場合。1番この考えがあり得そうなんだけど…それなら何故ユーリの存在をギリギリまで公表しなかったのかというのが疑問に残る。
どちらにしても、怪しさ満点だわ。
「そういえば、ノイヤー男爵はどうやってユーリ令嬢を自分の娘だと判別したのかしら?証明も何もないのに」
「何でも、母親に与えたペンダントで分かったと。何より彼女は母親にうり2つということも大きかったようです」
DNA鑑定等々科学的な証明ができない以上、状況証拠のみになるのは仕方ない。逆に顔を変える手段というのもないから、顔が似ているというのは1番の証拠になるわね。
「それでも10年以上探すなんて…彼女はノイヤー男爵に余程愛されていたということなのかしら」
「その理由も定かではありません。今後も調査は行っていく予定です。以上で、ユーリ男爵令嬢のご報告は終わりです」
「そう。宜しくお願いするわね。それで、2つ目はの報告は?」
「はい。お嬢様が以前確認しておくよう指示を出されていた、モンロー伯爵の件です」
「ああ、あれね」
この前アズータ商会の店で会った時から気になっていたので、取り敢えずターニャに指示を出しておいた。お茶会で聞いた、モンロー伯爵の話。それから、あのモンロー伯爵と共にいた男の事も。
「……あの日、モンロー伯爵と共に来店されていたのは、ディヴァンという男です。何でも、モンロー伯爵に客人として滞在しているようでして、よくモンロー伯爵が出かかる時には度々同行しているようです。アズータ商会にも確認を取りましたが、目撃証言は多数ございます」
「客人……。一体何処の誰なのかしら」
「アイラー商会の会頭とのことです。調べたところ、確かにアイラー商会というのは商業ギルドに加盟しています。主に、食料品を取り扱っている商会です。ですが……取引に関してはそれ以上調べることができませんでした」
「……顧客情報を開示しないのは、仕方のないことだわ。でも、あの伯爵が一商会の会頭とそこまで懇意にしているなんて。最近あの家の羽振りが良いのは、その商会のおかげということかしら?」
「……おそらくは」
それ以外の要因が考えられない。……あの地域は、穀倉地帯。そして、アイラー商会が取り扱っているのは食料品。モンロー伯爵の領地で仕入れて、販売するのは何らおかしなところはない。でもじゃあ、それは“何処に”売っているの?
「ターニャ。至急、そのディヴァンという男を調べてちょうだい。アイラー商会のことも、より詳しく。特に、何処に売却しているのか、またその量についてもね」
「畏まりました」
ああ、嫌な予感がする。昨日のパーティーといい、情勢は目まぐるしく変化している。領に閉じ篭っていた時も気にはかけていたけれども、この王都に来て自分は如何に引き籠っていたのかがありありと分かったわ。
王都から領地に帰りたい。でも、この件は放ってはおけない気がする。……私の知らないところで、着々と何かが進んでいたような…そんな気がしてならない。