私の友達の璃々奈ちゃんは、従姉の吉祥院麗華先輩が大好きだ。
私が瑞鸞に入学したのは初等科からで、家はわりと裕福ではあったけれどピヴォワーヌに入れるほどの家柄でもないし、自分から前に出るタイプでもないので、似たようなおとなしい子達と、派手な子達に目を付けられることもなく、ほどほどに楽しい6年間を過ごした。
そして中等科に上がった時に、同じクラスになったのが古東璃々奈ちゃん。
璃々奈ちゃんは中等科からの外部生なのに全く物怖じせず、内部生達にもずけずけと言いたいことを言う子だった。
そんな璃々奈ちゃんだから、初対面の印象はなんだか気が強くて怖い子だな、私とは全然違うタイプだからきっと来年のクラス替えまでほとんど口をきくことなく終わりそうだな、なんて思っていた。
瑞鸞学院には私達の1つ上に、皇帝と呼ばれる誰もが憧れる鏑木雅哉先輩がいた。皇帝は常に女子のファンに囲まれ、しかもファンにも序列があった。新参者は出しゃばらず、先輩方の後ろから皇帝の姿を眺めるだけという不文律があったのに、なんと外部生の古東さんはそんなしきたりなど完全無視して皇帝に話しかけ周りをうろつき始めた。
当然お姉様方からも1年の内部生の女子達からも大顰蹙だ。何度も呼び出されたり注意を受けたりしても、古東さんは「誰を好きになろうと私の勝手でしょ!あんた達に言われる筋合いはないわよ!」と逆ギレをする始末。
あまりの態度に敵も増え、これは学院から完全に孤立するなと見ていたら、2年生の女子で一番有名なピヴォワーヌの吉祥院麗華様が、古東さんと敵対した相手に謝罪をして回っていた。聞くところによると、麗華様と古東さんは従姉妹らしい。それで同級生のピヴォワーヌの子達が、古東さんに対して苦々しく思っていても何も行動を起こさなかったのか。
あの麗華様に頭を下げられたら、古東さんの振る舞いに激怒していた人達も引かざるを得ないものね。古東さんは麗華様の後ろ盾でなんとかその危うい立場を保っていた。
そんなある日、突然古東さんの皇帝への付き纏いがぴたりと止んだ。皇帝を怒らせたという話を聞いたからそのせいかもしれない。でも皇帝の逆鱗に触れたとしたらただでは済まないはずなのに、普通に学院生活を送っている。これはいったいどういうことだろう。前よりもおとなしくなって分別のつく行動をし始めた古東さんに、同級生達は様々な推理を巡らせたけれど、本人も教えてくれないので結局、謎は謎のまま。
それからの古東さんは持ち前の気の強さはそのままで、常識的な行動をするようになったので、徐々に友達が増えていった。私はそれでもなるべく関わりたくないな~と思っていたのに、古東璃々奈、西加さいかつぐみと名字が近かったせいで、ことあるごとにグループ分けが一緒になった。そのせいで教室移動の授業の時は当たり前のように私の腕を掴み一緒に移動し、許可した覚えはないのにいつの間にか私を「つぐみ」と呼び、目敏く私の携帯を見つけ「私の携帯の機種と一緒だわ。メアドを交換してあげる」と強引にアドレス交換をさせられた。それからは毎日のメール攻撃。なんだか気に入られてしまったらしい。皇帝を追っかけていた時も思ったけど、古東さんは押しが強い…。この頃にはもう、私古東さんからたぶん逃げ切れないな…と半分諦めた。
古東さんは気が強くてちょっと我がままだけど悪い子じゃない。仲間と認めた子は全力で守る子だ。一度私が男子に「ちびメガネ」とからかわれた時、古東さんが飛んできて「あんた私の友達をバカにしたら、毛根に再生不可能なダメージを与えるわよ!」と脅しをかけ、怯えて逃げる男子を「M字がいいか!河童がいいか!蝉丸がいいか!」と追いかけ回して撃退してくれた。古東さん、凄い…。
でも、“私の友達”か…。
「璃々奈ちゃん、ありがとう」と初めて名前で呼んでみたら、古東さん改め璃々奈ちゃんはちょっと驚いたあと、満足そうに笑った。この日から、私達は本当に友達になった。
璃々奈ちゃんのする話には、よく麗華先輩が登場する。
璃々奈ちゃんと友達になったことで、私みたいな地味な子とは普通縁のないピヴォワーヌの吉祥院麗華様を、麗華先輩なんて呼ばせてもらえるようになった。凄く嬉しい。
その麗華先輩だけど、私達から見ると麗華先輩はきれいで頭が良くてカリスマ性のある完璧なお姉様なんだけど、従妹の璃々奈ちゃんにとっては違うみたい。
「麗華さんたらまた顔が丸くなったわ」「麗華さん、日光の遠足で猿に飛び蹴りされたのに反撃もできなかったんですって」「麗華さんは抱えきれないほどの花束を持ってプロポーズされるのが夢だと言っていたわ。でもその前はライトアップされたクリスマスの礼拝堂でふたりだけで愛を誓い合いたいとか言っていたのよ。麗華さん、結婚詐欺師に騙されるかもしれない…」「麗華さんはテレビ通販でくだらないものばかり買っているの。寝袋みたいなかい巻き布団とかいう物とか。この前泊まりに行ったら貴女はこれで寝なさいって自慢げに出されたのよ」「実は、麗華さんが作った自家製ヨーグルトで家族全員食中毒になったことがあるの」「麗華さんに理想のタイプを聞いたら、滅びの呪文を一緒に唱えてくれる人ですって。もういつまで経っても夢見がちなんだから」
嘘か本当かわからない麗華先輩の話をしたあと、璃々奈ちゃんはいつも大きなため息をついて、「世話の焼ける姉を持つと、妹は苦労するわ!」と言う。一人っ子の璃々奈ちゃんは実は兄妹に憧れている。
意地っ張りな璃々奈ちゃんは絶対に認めないけど、本当は麗華先輩が大好きだ。麗華先輩の中等科の卒業式には「麗華さんはきっと誰からもお花なんてもらえないから!」と言い訳をしながら一生懸命花を選んでいたのに、なぜか麗華先輩のお兄様に渡しちゃうし。たぶん麗華先輩がほかの後輩から花束をたくさんもらっていたのが悔しかったのね。
その次の年の私達の卒業式には麗華先輩とお兄様がお祝いに駆けつけてくれて、璃々奈ちゃんにぴったりだとロリーポップの花束を渡されてた。いつものように麗華先輩の前では憎まれ口を叩いていたけど、麗華先輩達が帰ったあとに璃々奈ちゃんが花束を抱えてちょっぴり泣いていたのは秘密だ。
今璃々奈ちゃんは自宅の庭でロリーポップと薔薇のうららを育てている。
そんな麗華先輩には恋の噂が絶えない。
麗華先輩といえば美人で女王様のようにいつも人に囲まれている方だから当然といえば当然なんだけど。
まずは一番華やかで女の子達がうっとりと羨ましがる噂の恋のお相手のひとり、それはあの皇帝だ。
女子生徒達にほとんど無関心な皇帝が親しくする数少ない女の子が麗華先輩で、皇帝は麗華先輩に恋の詩集をプレゼントしたり、麗華先輩のためにピアノを弾いたりしたらしい。すごーい!
噂では校舎裏で麗華先輩の肩に皇帝が手を置いて、今にもキスをしそうだったのを遠くから目撃した人がいたとか。これが本当だったら大スクープだ。
もうひとりはその皇帝の親友で、女子の人気を二分する瑞鸞の王子様である円城様。円城様も麗華先輩に好意を持っているという噂で、相合傘で帰ったり旅行に行ったお土産を麗華先輩だけにあげたという話。ピヴォワーヌの子からの情報によると、サロンやパーティーなどでも円城様はよく麗華先輩と楽しげに談笑し、これも噂だけど蛍を欲しがった麗華先輩のために円城様が蛍を獲ってプレゼントしたなんて話もあるみたい。
しかも決定的だったのが円城様とのお揃いのタオル!麗華先輩は円城様の弟様からのプレゼントなんて言っていたけど、そんなのはみんな信じていない。聞かれた円城様も「これは僕のお気に入りのタオルだから」と答えていたそうだし。
円城様は学園祭の初日にも麗華先輩のために特別にラテアートを描いたカプチーノを作ってあげたという情報もあるし、これは円城様が一歩リード?
麗華先輩が春頃にどちらかおふたりからプレゼントされた可愛いネックレスを大切にしているという噂もあって、女の子達は羨ましいときゃあきゃあ騒いでいたけれど、これは残念ながら私調べではちょっと違うみたい。
でも女の子達は麗華様と鏑木様、円城様の雲の上のような恋の話を、夢物語のように想像して楽しんでいる。
それ以外にも同級生で一緒にクラス委員をやっている真面目そうな先輩や、柔道部の硬派な先輩がたびたび麗華先輩と親しげに一緒にいる姿を目撃されていているのよね。このふたりの先輩達は時に顔を赤くして嬉しそうに麗華先輩に話しかけていたりするので、麗華先輩を好きなのは間違いという噂。
ほかにも大人の男性から求婚されているとか、実は麗華先輩のお兄様のお友達が、光源氏のように将来の妻にするために大切に育んでいるとか、いやいや他校の男子生徒と身分違いの恋をしているとか、年下男子達が年上の麗華先輩を想って愛を競っているとか、とにかく麗華先輩の恋の噂は尽きない。
ただしこの噂の中には完全なデマも混じっているので、全部を丸ごと信じるのもどうかと思う。たとえば麗華先輩を好きな年下男子の噂の中に丁稚君も入っているけど、丁稚君は確実に璃々奈ちゃんが好きだというのは私達の間では暗黙の了解なんだよね。
それなのに璃々奈ちゃんてば丁稚君が勇気を出して璃々奈ちゃんのイニシャル入りのタオルをプレゼントした時に、同じイニシャルだからっていそいそと麗華先輩にあげちゃうんだもん。あれはないよ~。璃々奈ちゃんとしては麗華先輩にタオルをあげる口実が欲しかったんだろうけどね。あとで同じタオルを買っていたもん。だったら璃々奈ちゃん、そっちを麗華先輩にあげればよかったのでは?
璃々奈ちゃんからもらったタオルが丁稚君からのプレゼントだと知った麗華先輩は激怒して、しばらく璃々奈ちゃんは落ち込んじゃった。だから私は麗華先輩に運動部の部長達の情報を進呈して、これで璃々奈ちゃんを許してあげて欲しいって頼んでみた。
あとで麗華先輩から「とても役に立つ情報だったわ。どうもありがとう」と笑顔でお礼を言ってもらえたので教えてよかった。
学園祭前に麗華先輩から陸上部のマネージャーのことを調べて欲しいと頼まれた。なんでも麗華先輩の親友の恋敵かもしれないんだって。
秋澤先輩を好きな女の子のことは前にも麗華先輩に頼まれて調べたことがあるけど、あの時も確かに片思いしている女の子がいた。最後はその子を好きだった男子とくっついちゃったけどね。
今度はどうだろうと思っていたら、麗華先輩の心配通りマネージャーは黒だった。
秋澤先輩には他校に幼馴染の彼女がいるともっぱらの噂で、実際に陸上部の大きな試合や学園祭などに来ることもあるというのに。
その子が友達と「幼馴染って陸上に興味ないみたいだし、私のほうが先輩を理解してあげられると思うんだ。私のほうが一緒にいる時間は長いし…」「だったら頑張って取っちゃいなよ」などと話しているのを聞いて、麗華先輩に報告したら、麗華先輩は真っ青になって「どうしよう。私殺される…」と大慌てしていた。
それを見ていた璃々奈ちゃんにどうしたのか聞かれたので事情を説明したら、「麗華さんの親友…?」と眉をピクリと動かして、「つぐみ!その麗華さんの親友の彼氏とマネージャーを徹底的に調べるのよ!」と張り切りだした。あ~、また璃々奈ちゃんの暴走が始まった…。
結局は一般公開日の学園祭で手を繋いでラブラブな秋澤先輩とその彼女の姿を見て、マネージャーも諦めたみたいだったけどね。あれだけラブラブじゃ勝てないと思ったのかな。しかも彼女はさすが麗華先輩の親友だけあって、上品でおとなしそうな大和撫子さんだったしなぁ。他校に来て心細いのか、手を繋いでいないほうの手を秋澤先輩の腕にそっと置いて、「匠、あれはなにかしら…」なんて秋澤先輩と目を見交わして控えめに微笑みながら聞いたりしていた。もうラブラブ。
その大和撫子さんから時々「麗華さんが…」とい